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北神伝綺 3

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北神伝綺』(ほくしんでんき)は、大塚英志原作、森美夏画による日本の漫画作品。

概要

「『月刊コミックコンプ』1994年1月増刊号『BROTHERS』総集編」にテスト版(単行本上巻に外伝として収録されているもの)が掲載された後に『月刊ニュータイプ』にて連載された。単行本は角川書店から全2巻(上下巻)で刊行されている。

日本民俗学の創始者柳田國男が提唱し、後にその説を放棄した日本の先住民族「山人」『北神伝綺』作中では「山人」の読み方は書かれていないが、同じく大塚原作の漫画『松岡國男妖怪退治』(山崎峰水作画、『黒鷺死体宅配便』第6巻の169ページ)、小説『摩陀羅天使篇』(第1巻の213ページ)では「山人」に「さんじん」とルビが振ってある。が実在したという設定の伝奇ミステリーで、柳田國男と、柳田の破門された弟子であり「山人」の生き残りの男兵頭北神との絆と確執を描く。昭和7年(1932年)から昭和11年(1936年)の二・二六事件が起こる直前の日本が舞台。

柳田の山人論や、村井紀による柳田民俗学の植民地主義に対する批判がモチーフとなっている。

作中では山人は超人的な運動能力を持ち、常人よりも年をとるのが遅い神秘的な人々として描かれている。

折口信夫が狂言回しの『木島日記』、小泉八雲が狂言回しの『八雲百怪』へと続く三部作の一つ。

あらすじ

柳田國男が創始した日本民俗学が国民国家形成に関わっていく上で、柳田が発見した日本の先住民族「山人」は天皇家の万世一系と矛盾するあってはならないものであった。柳田は山人論を研究半ばで放棄。同時に軍の山人狩りに協力する。

数年後、帝都で山人の生き残りの少女魔子が目撃される。柳田は破門した弟子、兵頭北神にフィールドワークを命じるが…。

登場人物

メインキャラクター

兵頭北神(ひょうどう ほくしん)
主人公。元は柳田の弟子だったが破門される。その後柳田の封印した山人関係の資料を押しつけられて、満洲国に渡り、拝み屋を始める。山人の血を半分引いており、常人離れした身体能力をもつ。普段はトリックを使ったインチキな降霊術で生計を立てている。武器として仕込み杖を使い、いつも支那服と黒いコートを着ている。自分の店に戯れに「満洲國民俗學研究所」の看板を掲げている。
柳田國男(やなぎた くにお)
本作の狂言回し。日本民俗学の創始者。軍部や政界ともつながりがあり、貴族院書記官長や国際連盟委任統治委員を歴任したこともある。自分は「神隠しに遭いやすき気質」であり、山人の血が流れているという妄想に憑かれている。自らが追い求めた山人を、自らの手で抹殺したことに苦悩している。
滝子(たきこ)
北神の腹違いの妹。芸者をしている。女学校の元教師。おてんばな性格。実妹でありながら北神を強く愛している。
魔子(まこ)
山人の生き残りの少女。はるか昔に平地人の男と交わった山人の女達の血を引いているが、先祖返りのために山人の血が薄く、山人狩りで見過ごされていた。
かつては大杉栄のもとで暮らしていた。
緒方非水(おがた ひすい)
陸軍中尉。皇道派の人間で北一輝のシンパ。財閥や一部の軍人が富をむさぼる腐敗した世の中を憂いている。
国体を守るために山人の生き残りを抹殺しようとしている。
甘粕正彦(あまかす まさひこ)
満洲国民政部警務指令長。映画国策研究会委員。
後に満洲国の実質的な最高統治機関となる満洲映画協会を設立させることで、石原莞爾を追い落とし満洲の実権を握ろうとしており、同協会の専属の女優を集めている。自分と同じ国家を追われた存在である山人に執着しており、満洲国を山人たちのユートピアするために様々な謀略を行う。

ゲストキャラクター

神戸のおばさん
いわゆる山姥で元々は山人の娘を神隠しで山に誘い、山人の男の血を絶やさぬようにするのが役目であったが、山人の男が皆殺しにされたため、山人の生き残りの娘を集め娼館を開いている。山人殺しを手引きした柳田國男に復讐を誓う。幽世(かくりよ)の存在でこの世の者ではない。
柳田が幼年期に存在しない神戸の叔母さんに会いに行くと言って家出し、神隠しに遭いかけたという実話にちなむ。詳しくは柳田國男「山の人生」参照
宮沢賢治(みやざわ けんじ)
売れない童話作家・詩人。岩手県の花巻在住。
山人狩りを告発するために、友人の佐々木喜善を通じて山人の隠れ里であるマヨイガについての論文を古書店「八坂堂」に持ち込む。
異界に感応した詩を数多く執筆しており、童話『注文の多い料理店』はマヨイガの存在を暗喩でほのめかしている。
伊藤晴雨(いとう せいう)
異端の責め絵師。自分の絵のモデルは山人の女にしかさせないようにしている。
描きたい絵が描けない世の中に嫌気が差している。
竹久夢二(たけひさ ゆめじ)
抒情画家。結核で死にかけている。
日ユ同祖論の信奉者で、自身にユダヤ人の血が流れていることを夢想して、ユダヤ人を連想させるフリーメイソンのシンボルマーク「ヤーウェの目」を好んで絵のモチーフやアトリエの看板に使っている。作中で言及しているように「ヤーウェの目」をシンボルとするフリーメイソンとユダヤ人の関係は俗説である。
お葉(およう)
山人の女性。晴雨と夢二の絵の共通のモデル。
日本の山人の隠れ里が軍に根絶やしにされ帰る場所を失い、台湾に渡るも霧社事件に巻き込まれて死亡する。
鳩山八重子(はとやま やえこ)
女学生。他人に秘められた死への欲望を誘発し、自殺に誘う少女。
坂田山心中事件がきっかけで起こった、坂田山を心中の場とする後追い自殺の大ブームで、自分は死なずに何人もの自殺者に付き添った。鳩山八重子の恋人の山本吉左右(やまもと きさお)という名前の元ネタは説経節の研究者の山本吉左右(やまもと きちぞう)と思われる。原作者大塚英志は自著の中で幾度か山本の「口頭構成法」に言及している。例:『木島日記』(角川文庫)85ページ /『物語消滅論』(角川oneテーマ21)74ページ /『キャラクター小説の作り方』(角川文庫)69ページ /『更新期の文学』(春秋社)37ページ/ 『リアルのゆくえ』(講談社現代新書、東浩紀との共著)16ページ
出口王仁三郎(でぐち おにさぶろう)
宗教団体大本教の教祖。
大本教は何度か政府に弾圧を受けており官憲から監視中。中国大陸に支部を作り、大陸浪人や右翼、山人など日本に居られなくなった者を受け入れている。
北一輝(きた いっき)
革命思想家。或る女性を巫女に見立てて、その巫女が口寄せした予言を日記に付けている。その『霊告日記』で満洲崩壊を予言したため軍部に監視されているが、日がな一日法華経を読経することで監視の目を油断させ欺いている。昔支那で暮らしていた名残で常に支那服を着ている。右目は義眼。
革命を説いているが、天皇を絶対とする万世一系の呪縛に囚われており、“最後の一線”を超えられないでいる。
斗志見(としみ)
ムー人の子孫を自称する少年。
かつて太平洋上に存在したムー大陸の末裔が日本人であり、天皇家はムーの王家の子孫であるため日本が南方を統治するのは歴史的に必然であると主張。
江戸川乱歩(えどがわ らんぽ)
推理小説家。帝都を騒がす怪人・赤マントを追っている。
常に人殺しの方法を考えねばならない生活や、軍事礼賛小説を書かせようとする世間の「空気」にうんざりしている。

その他

養老(ようろう)
帝大解剖学教室の助手。死体マニア。妖しいクラブに通っていた。
立花(たちばな)
朝日新聞の記者。北神の友人であり、柳田の弟子。
珠子(たまこ)
緒方非水の恋人。芸者をしており、滝子の同僚でもある。自殺未遂を行っている。

小説版

原作者大塚英志による小説版が「メフィスト」2001年1月号から2001年9月号、および「ザ・スニーカー」2006年6月号から2007年6月号に連載された。前者は漫画版のノベライズ、後者はオリジナルストーリー。どちらも単行本化されていない。

単行本

  • 旧版:角川書店(ニュータイプ100%コミックス)
    • 上:1997年12月発行 ISBN 978-4048527699
    • 下:1999年3月発行 ISBN 978-4048530521
  • 新装版:角川書店(角川コミックス・エース)
    • 上:2004年9月1日発行 ISBN 978-4047136687
    • 下:2004年9月1日発行 ISBN 978-4047136694

他の作品との関係

  • 原作者大塚英志の小説『摩陀羅 天使篇』には兵頭北神の息子の兵頭沙門が登場している。
  • 柳田國男は『松岡國男妖怪退治』(山崎峰水画)、『八雲百怪』(森美夏画)、『くもはち』(山崎峰水画)、『オクタゴニアン』(杉浦守画)にも登場している。

関連項目

  • 千葉徳爾 - 原作者大塚英志の民俗学上の師の一人。兵頭北神のモデル。新装版『北神伝綺』上巻の「あとがき」より。ちなみにもう一人の民俗学上の師は宮田登。
  • あじあ号
  • マヨイガ
  • 間引き
  • 大杉事件
  • 五族協和
  • ゼムス・チャーチワード

作中で言及される柳田國男の著作・論文

  • 山の人生
  • 遠野物語
  • 雪国の春
  • 妹の力
  • 一目小僧その他
  • 海上の道
  • 故郷七十年
  • 明治大正史 世相篇

脚註