陽だまりの樹 2
『陽だまりの樹』(ひだまりのき)は、手塚治虫による日本の長編漫画作品、及びそれを原作としたテレビアニメと舞台作品。『ビッグコミック』(小学館)1981年4月25日号から1986年12月25日号まで掲載された。第29回(昭和58年度)小学館漫画賞青年一般部門受賞。
概要
幕末期の日本を舞台に、当時の開国、西洋文明と西洋人の流入からやがて続く倒幕、そして戊辰戦争という時代の流れの上で、対照的だが友情で結ばれた2人の男の人生を綿密に推敲されたストーリーで描いている。手塚作品の中でも『アドルフに告ぐ』と並んで緻密に作られており、また絵のタッチも劇画的であり、当時の大友克洋の『AKIRA』の登場に刺激を受けたとも言われる。遊び人の蘭法医手塚良庵の砕けた性格を手塚自身に重ね、対して一方真っ直ぐな武士である伊武谷万二郎は、一つの作者の男性の理想像とも取れる。途中、坂本龍馬のような男性的英雄も登場するが、作者も「あまりに男性的な人物を描くのは苦手」と言うとおりキャラクターが余り引き立たず、行動だけがから回って豪快に見える。それを考えると万二郎の様な人物がやはり作者が好もしいと思い、共感できる男性像なのであろう。
本作同様、蘭法医を主役に幕末を描いた作品に、司馬遼太郎の「胡蝶の夢」がある。主役は松本良順と司馬凌海であるが、手塚良庵の名も出てくる。
あらすじ
タイトルの「陽だまりの樹」は、水戸学の弁証家である藤田東湖が劇中で主人公の伊武谷万二郎へ語る当時の日本の姿である。19世紀後半、欧米が市場を求めてアジアへ進出した世界状況で、日本の安全保障を確保するには天皇の権威を背景に江戸幕府を中心とする体制再編により国体強化が必要であるとした東湖だが、幕府の内部は慣習に囚われた門閥で占められて倒れかけているとして、これを「陽だまりの樹」と呼ぶ。
閉塞状況を打開するものは青年の行動力以外にないと謳いあげた東湖のアジテーションは憂国世代の心を大きく揺さぶる。関東小藩の下級藩士であった伊武谷万二郎の胸にも熱い思いが刻まれる。無骨で真面目な万二郎は退屈なお勤めに疑問も抱かず、登城のマラソンもいつも一番という、平時の武士として見本のような男であった。一方、もう一人の主人公である蘭方医の手塚良庵は医師の家に生まれて大坂適塾で医師の門をくぐったエリートだが、江戸に戻っても放蕩ぶりが父の良仙に厳しく戒められるほどの遊び人。江戸っ子らしく間口は広いが封建的で権力闘争に終始する医学界には批判的であり、また人間らしく生きたいとする夢想家のノンポリとして時代を眺めている。対照的な万二郎と良庵だがなぜかウマが合う。
万二郎はアメリカ総領事タウンゼント・ハリスへ幕府側からの護衛として派遣され、友人となる通訳ヘンリー・ヒュースケンと出会う。一方良庵は幕府の西洋医学への寛容化から提案された種痘所開設に仙庵と共に尽力することになるのだが、西洋医学を嫌う御典医達に様々な嫌がらせを受ける。やがて軍制改革により農兵隊の隊長となった万二郎は幕府への忠誠だけでなく、自分が本当に守りたいと思う人々との出会いにより銃を取り戊辰戦争の戦場の煙の中へ消えていく。
万次郎と情熱を傾けて語り合った西郷隆盛は彼が去った後で流れに逆らっても何にもならないと呟くが、傍観者だったはずの良庵は噛み付いてみせる。時代に合わせるだけが生き方ではないと。良庵自身も患者を守るために、自分の意志を抑えて運命を甘受して新政府軍の軍医となるが、明治に入り今度は政府に逆らって自滅の道を選ぶ西郷を討つための西南戦争に従軍する。無常な人生を回顧する良庵だが、病にかかりあっけなくこの世を去る。作者の手塚治虫が良庵は自分の曽祖父であったという言葉で物語が閉じられる。
登場人物
声はアニメ版の声優。
架空の人物
- 伊武谷 万二郎
- 声 - 宮本充
- 常州府中藩藩士。直情径行型の性格で世渡りが下手だが剣は強い。安政の大地震の避難民を避難させたことで幕府に認められ、米国使節の警備役に抜擢される。幕府陸軍歩兵隊の創設に関与。幕政の改革を志しつつ、倒れ行く幕府に忠誠を尽くす。彰義隊に参加して生死は語られずに舞台から去る。ちなみに手塚には彰義隊で戦った武士が蝦夷へ移って人生の自由とロマンを求めて困難と闘う『シュマリ』という作品がある。
- せき
- 声 - 折笠富美子
- 元麻布善福寺住職の娘。良庵と万二郎が思いを寄せる。
- 丑久保 陶兵衛
- 声 - 納谷六朗
- 蘭医の誤診で妻を不治の体にされたため、蘭学者、外国人すべてに恨みを持つ。物語中万二郎最大のライバル。新田宮流居合術の達人。
- 伊武谷 千三郎
- 声 - 大木民夫
- 万二郎の父。万二郎同様硬骨な武士。刺客に殺される。
- 万二郎の母
- 声 - 幸田直子
- 紺
- 声 - 松本梨香
- 良庵が大阪で知り合った夜鷹(売春婦)。江戸で女郎宿を経営。コレラに罹患し良庵に治療を受ける。
- 平助
- 下田の猟師。武士に憧れ、万二郎につき従う。
- 綾
- 声 - 根谷美智子
- 万二郎の父・千三郎の仇である楠音次郎の妹。
- 多紀 誠斉
- 声 - 郷里大輔
- 種痘事業を妨害する敵役。医学館副督事。蘭方を徹底的に排斥し、コレラで死亡する。
- 多紀 元迫
- 声 - 小形満
- 誠斉とともに蘭医を迫害するが、中途から蘭方の優越性を認め、協調を図る良心派。そのため誠斉に地下倉に監禁されてしまう。
- お品
- 声 - 三石琴乃
- 万次郎に思いを寄せる商家の娘。
実在の人物
- 手塚良庵
- 声 - 山寺宏一
- 江戸三百坂の医師。適塾で緒方洪庵に蘭学を学ぶ。父の良仙とともに種痘所(後の西洋医学所、東京大学医学部の前身)の創設に関与。父の死後は良仙の名を継ぐ。万二郎とは恋敵、ケンカ相手ながら友人として理解し合う。女にだらしなく、色街(北新地)にばかり出入りしているが治療となると本気を出す人物として描かれている。 原作者である手塚治虫の曽祖父。
- 手塚良仙
- 声 - 永井一郎
- 良庵の父。種痘所の必要性を幕府に説き、創設の中心となる。
- おつね
- 声 - 沢海陽子
- 良庵の妻。
- 大槻俊斎
- 声 - 小形満
- 清河八郎
- 声 - 家中宏
- 北辰一刀流の達人。物語冒頭で万二郎と対決する。
- 山岡鉄太郎(山岡鉄舟)
- 声 - 関智一
- 若き剣の達人。万二郎の友人であり、剣の師匠でもある。
- 緒方洪庵
- 声 - 有本欽隆
- 緒方八重
- 声 - くればやしたくみ
- 洪庵の妻。
- 大鳥圭介
- 声 - 前田剛
- 福澤諭吉
- 声 - 志村和幸
- 適塾時代の良庵の悪友。
- 原田磊蔵
- 声 - 高瀬右光(第4話)→梅津秀行(第8・19・20話)
- 適塾生。良庵に適塾を紹介した。
- 伊東玄朴
- 声 - 牛山茂
- 楠音次郎
- 声 - 檜山修之
- 無頼の浪人。一刀流の使い手で、蘭学医をつけ狙う。万二郎の父の仇。後に真忠組の首魁となり、軍を率いた万二郎と再び対決する。
- 藤田東湖
- 声 - 田原アルノ
- 万二郎が私淑する水戸学の第一人者。彼の漢詩の一節は、万二郎がたびたび作中で朗誦する。安政地震で老母を庇って圧死。
- 阿部正弘
- 声 - 楠見尚己
- 開明的な幕府の老中。万二郎の噂を聞き、彼を取り立てるきっかけを作る。
- 堀田正睦
- 声 - 沢木郁也
- タウンゼント・ハリス
- 声 - 梁田清之
- アメリカ公使として来日した外交官。頑固な性格だが万二郎には信頼を寄せる。
- ヘンリー・ヒュースケン
- 声 - 小形満
- ハリスの通訳。万二郎と友情を結び、攘夷の徒であった彼を変えてゆくキーパーソン。一方女性に対してはだらしのない性格で、ついにはその行動が悲劇を招くことに。
- 唐人お吉
- ヒュースケンと互いに思い合う仲になるが、誤解から悲劇的な結末を迎える。
- 橋本左内
- 声 - 二又一成
- 勝海舟
- 声 - 小杉十郎太
- 飄々とした性格の幕臣。江戸城で勝手の分からない万二郎に助け舟を出し、以後も交流が続く。
- 川路聖謨
- 声 - 田原アルノ
- 清廉な性格の改革派幕臣。種痘所設置を陰ながら助けることに。
- 徳川家定
- 声 - 津田健次郎
- 病弱な将軍。彼の病を巡る攻防が御殿医たちと蘭学医たちの攻防のクライマックスとなる。
- 西郷隆盛
- 声 - 屋良有作
- 薩摩藩士。万二郎の能力を認め、一橋派に勧誘するが、終盤の上野戦争では万二郎と敵として対峙することになる。
- 井伊直弼
- 声 - 加藤精三
- 森山栄之助(森山多吉郎)
- 通詞。 英語の教授を請うために訪れた福澤と手塚を待たせたまま一晩放置するなど驕慢な人物として描かれている。
- 長野主膳
- 直弼の懐刀。万二郎を危険分子とみなし投獄する。
- 安藤広重
- 梅田雲浜
- 安島帯刀
- 声 - 岩田安生
- 芹沢鴨
- 声 - 梁田清之
- 土方歳三
- 近藤勇
- 大村益次郎
- 声 - 坂東尚樹(第19話)→小村哲生(第25話)
- 坂本龍馬
- 声 - 井上倫宏
- チャールズ・ワーグマン
- 声 - 坂東尚樹
- 山本長五郎(清水次郎長)
- 吉田松陰
- 声 - 前田剛
- 箕作阮甫
- 声 - 高瀬右光
- 多紀元琰
- 声 - 沢りつお
- 多紀元堅
- 声 - 小和田貢平
- 戸塚静海
- 声 - 小室正幸
- 林洞海
- 声 - 小和田貢平
- 井上清直
- 声 - 高瀬右光
- 高橋多一郎
- 声 - 星野充昭
- 水戸藩士。万次郎が水戸を訪れた際に井伊一派の不正を記した書類を家老に取り次ぐ。その後桜田門外の変を首謀。
- 有村次左衛門
- 声 - 高瀬右光
- 薩摩藩士。桜田門外で井伊直弼を殺害。
- 佐野竹之助
- 声 - 木内秀信
- 水戸藩士。桜田門外の変に参加。
単行本
- ビッグコミックス『陽だまりの樹(小学館)』全11巻
- 小学館叢書『陽だまりの樹(小学館)』全7巻
- 手塚治虫漫画全集『陽だまりの樹(講談社)』全11巻
- 小学館文庫『陽だまりの樹(小学館)』全8巻
- ビッグコミックスワイド『陽だまりの樹(小学館)』全6巻
アニメ
2000年4月4日から9月19日まで日本テレビ系で放映された。全25話。中井貴一がナレーションを務めた。原作とは違い性行為や乳首の露出、腑分けの場面は全くない。
スタッフ
- 監督 - 杉井ギサブロー
- シリーズ構成 - 浦畑達彦
- キャラクターデザイン・総作画監督 - 江口摩吏介
- 美術監督 - 金村勝義
- 撮影監督 - 白井久男
- 色彩設計 - 児玉尚子
- 音楽 - 松居慶子
- 音響監督 - 藤山房伸
- プロデューサー - 山下洋、大島満、田村学、丸山正雄
- アニメーション制作 - マッドハウス
- 企画制作 - 日本テレビ
- 製作著作 - バップ、小学館
主題歌
- オープニングテーマ「Hidamari no ki 〜まなざし〜」
- 作曲・編曲 - 松居慶子
- エンディングテーマ「光の向うへ」(第1話 - 第13話)
- 歌 - Charcoal / 作詞・作曲・編曲 - KEN NAKAMURA
- エンディングテーマ「High Dive」(第14話 - 第25話)
- 歌 - Charcoal / 作詞・作曲・編曲 - 白岩萬里
各話リスト
話数 | サブタイトル | 脚本 | 絵コンテ | 演出 | 作画監督 |
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第一話 | 三百坂 | 高屋敷英夫 | 杉井ギサブロー | ふくだのりゆき | |
第二話 | 良庵出帆 | 水上清資 | 永丘昭典 | はしもとなおと | 河村明夫 |
第三話 | 曽根崎新地 | 川嶋澄乃 | 青山弘 | 大下久馬 | |
第四話 | 嵐の前 | 高屋敷英夫 | 江上潔 | 小林ゆかり | |
第五話 | 安政の大地震 | 川嶋澄乃 | 杉井ギサブロー 松尾衡 | 杉井ギサブロー | ふくだのりゆき |
第六話 | 除痘館 | 大久保智康 | 郷敏治 | 渡辺和夫 | |
第七話 | ハリス来航 | 川嶋澄乃 | 水草一馬 | 青木新一郎 | 河村明夫 |
第八話 | 悲報と破門 | 高屋敷英夫 | 増原光幸 | 太田雅彦 | |
第九話 | 神田川の対決 | 川嶋澄乃 | 江上潔 | 小林ゆかり | |
第十話 | 請願書 | 渕上真 | 大下久馬 | ||
第十一話 | 将軍謁見 | 高屋敷英夫 | くずおかひろし | 郷敏治 | 渡辺和夫 |
第十二話 | 奥医師 | 川嶋澄乃 | 小林治 | 土屋浩幸 | 河村明夫 |
第十三話 | 種痘所設立 | 高屋敷英夫 | 四分一節子 | 江上潔 | 小林ゆかり |
第十四話 | コロリ参上 | 川嶋澄乃 | 郷敏治 | 渡辺和夫 | |
第十五話 | 投獄 | 高屋敷英夫 | 渕上真 | 才木康寛 | |
第十六話 | 春の嵐 | 川嶋澄乃 | 水草一馬 | 山本恵 | 梅原隆弘 |
第十七話 | 帰還 | 高屋敷英夫 | 郷敏治 | 渡辺和夫 | |
第十八話 | 惜別 | 水上清資 | 小林治 | 増原光幸 | 岩井優器 |
第十九話 | 来訪者 | 川嶋澄乃 | 四分一節子 | 江上潔 | 小林ゆかり |
第二十話 | 屯所付医師 | 水上清資 | 前田康成 | 有原誠治 | 北崎正浩 |
第二十一話 | 歩兵組出陣 | 川嶋澄乃 | 小林治 | 橋本三郎 | 西城隆詞 |
第二十二話 | 暁の強襲 | 高屋敷英夫 | 前田康成 | いわもとやすお | 高橋昇 |
第二十三話 | 長州出兵 | 水上清資 | 小林治 | 郷敏治 | 渡辺和夫 |
第二十四話 | 直訴 | 水草一馬 | 真野玲 | 北崎正浩 | |
第二十五話 | 夜明け | 川嶋澄乃 | 前田康成 杉井ギサブロー | 杉井ギサブロー 増原光幸 | ふくだのりゆき |
放送局
日本テレビ | 毎週火曜 深夜24:50 - | 2000年4月4日 - 2000年9月19日 | 制作局 |
ミヤギテレビ | 同時ネット | ||
熊本県民テレビ | |||
福岡放送 | 毎週水曜 深夜25:20 - | 2000年4月 - 2000年9月 | | |
中京テレビ | 毎週火曜 深夜25:25 - | 2000年9月 - 2001年2月 | 5か月遅れ |
BS日テレ | 2002年 | BS | |
チャンネルNECO | 2005年 | CS |
舞台
- 1992年、1995年と1998年に中井貴一、段田安則主演で舞台化された。手塚治虫(中井貴一(一人二役))の時間取材旅行に同行する編集担当者として仙道敦子(1992年)、深津絵里(1995年)、宮沢りえ(1998年)。アトムに円城寺あや。横内謙介脚本、杉田成道演出、銀座セゾン劇場。
関連項目
- 日本テレビ系アニメ
外部リンク
category:幕末を舞台とした作品